ルーベンスの庭で~ベルギー生活記

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Waterloo(ワーテルロー古戦場)

今日はお天気がよかったので晴れ、Waterloo(ワーテルロー)へ出かけてきました。ブリュッセルの南東約18kmほどのところにあります。

ワーテルローといえば、昔世界史で習った「ワーテルローの戦い」の舞台として有名ですね。エルバ島に流されていたナポレオンが島を脱出して再び帝位につき、それを恐れたイギリス・オランダ・プロイセン連合と戦って敗れた、ナポレオン最後の戦いの場です。ここが今は古戦場として観光名所になっています。(ホームページ

戦い当日の状況や位置などをを説明した映像を観たり、現代の子供たちが遊んでいるうちに実際の戦場にタイムスリップしてしまうという短編映画を観ると、なんとなく当日の様子がイメージできます。

そしていよいよ古戦場の平和のシンボル「ライオンの丘」に登ります。
waterloo2
高さ41m、226段の階段は急勾配で結構きつかったです。(>_<)
この丘は1815年6月18日の戦いで死傷した兵士に捧げるとして、1824年?26年にかけて築かれました。ここは戦闘に参加したオランダのオラニエ公が負傷した場所だそうです。

途中休みながら息も切れ切れにやっと頂上へ辿り着くと、そこからは360度のパノラマが広がっています。
waterloo1ここが7カ国、30万人の兵士が戦った場所なんですね?。
古戦場ですから、本当に何もない広い田園風景なのですが、歴史的な場所として保護地区となっています。
春夏は緑豊かでキレイでしょうね。6月18日前後には、この場所で戦いを再現したショーが行われるようです。

waterlooこのライオンの丘から手前(赤色)がWellington率いるイギリス・オランダ連合軍、あちら側からナポレオン率いるフランス軍(青色)が進軍し、左からプロイセン(水色)が合流して戦いました。
昼前に始まった戦は夜まで続き、この日1日で約5万人が死傷したと言われています。

この戦いでナポレオンの百日天下は終わり島流しとなりましたが、かなり善戦したようでした。周辺国から恐れられるほど軍人としても政治家としても強かったのでしょうが、彼にも不可能なことはあったのですね。
waterloo4もしプロイセンの援軍がなかったら、フランス軍が勝っていたら、ヨーロッパの歴史は変わっていたかもしれないなぁ・・・なんてことを思いながら古戦場を後にしました。
ヨーロッパの歴史は複雑で難しい・・・

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