ルーベンスの庭で~ベルギー生活記

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Mons(モンス)を訪れて

言語境界線を越えて訪ねたMons。
北部の低地(Nederland)に住んでいると、南ベルギーのドライブは起伏があるので景色が変化して楽しい。

Monsはワロン語で山を意味しますが、その名の通り小高い丘の上にある小さな町です。
エノー州の州都であり、その歴史は7世紀まで遡ります。以前は炭鉱の町として栄えたようで、近くにはいわゆる「ボタ山」がいくつか見られました。

mons町の中心、Grand Palaceの正面に堂々と建っているのが市庁舎です。
入口は15世紀のゴシック様式の装飾で、中に入って右手には16世紀の様式の「結婚の間」があります。

やっぱり市庁舎で結婚式を挙げるのですね。この日も2組のカップルの結婚式が行われていました。

June Bride、6月は結婚式が多いようですが、今年の6月は寒くて雨が多かったような気がします。雨 pkk


この町の代表的な建物の一つは聖ウォードリュー教会です。
エノー伯の娘であるウォードリューが7世紀に建てた修道院が基となっていて、1450年?1686年にかけて建設されました。とても大きなブラバント・ゴシック様式の大聖堂で、内部のステンドグラスや宝物も素晴らしいものがあります。

そしてもう一つは1661年に建てられたベルギー内で唯一のバロック様式の鐘楼です。これは世界遺産に登録されているベルギー鐘楼群の一つにもなっています。
とてもそんな古いものには見えないのですけど、町を見下ろせる小高い丘に建っていて、フランスに攻め込まれることを恐れた町の人々は、この鐘楼を見張り塔代わりに使ったそうです。
mons2  mons1

結局、17世紀にフランス軍の攻撃を受けて、町の4分の3程が破壊されてしまったそうです。
所々に長い歴史を感じさせる小道があったり、小さくてきれいな町なのですが、州都でありながら、どこか寂しさが漂う町だなぁという印象を受けました。
この日の肌寒い曇り空のせいか、かつて町の繁栄を支えた炭鉱が閉山したからか、はたまた世界的経済危機の影響か・・・。

それはただ単に地方都市だからというようなものではなくて、数年前に旧東ドイツの町で見た風景と似たような雰囲気を感じました。
首都ベルリンや美しいドレスデンの町でさえ、少し中心から外れるだけで整備されないままの道路や廃墟が残っていて、ベルリンの壁が崩壊してから20年経ってもなお、東西分断の歴史は消えず、その格差は縮まっていません。(近年では南北格差も問題になってきているそうですが・・・)

歴史的背景は全く違うけれど、アントワープが豊かな町であることに改めて気づき、よく囁かれているベルギー南北間の経済格差の一端を見たような気がしました。
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